MOONSPELL ( Author : コンバット武士沢さま)


 


開け放した窓からの冷たい夜風に、霧香は肩をすくめた。
月が綺麗なので、明かりを落としてひとり眺めていた。
けれどもう冬は近いようだ。
窓を閉めると、浴室から水音と微かな歌声が聞こえてくる。
彼女の同居人がシャワーを浴びながら歌っている。
浴室の方に意識を傾けながら、霧香は暖房を調節する。
話し声とは違うトーンの、少し低く、甘く柔らかい声。
水音に途切れて旋律はよく拾えないけれど、
初めて聴くような気がするような声。
窓を閉めてもまだ月明かりはこの部屋を静かに照らす。
人を殺した夜も、ただ眠るだけの夜も、いつでも変わらない冷たい光。
その表情のなさは自分の心を映しているようにも思えた。
霧香は窓の下で月の光を浴びながら、どこか遠く切ない歌声を聴いていた。


照明を落としたままの部屋にミレイユはさして驚かず、風流っていうのよね?
と薄く笑った。さすがに、月明かりの下でお茶を飲むのは嫌うかと思ったけれど、
彼女は用意された紅茶を見ると大袈裟に手を広げて感激の意を示した。
その仕草がおかしくて霧香はくすくす笑った。
淹れたばかりの紅茶を出して隣に座ると、霧香はミレイユに視線を投げた。
どうも薄着の傾向にあるミレイユは風呂上がりでもあまり夏と変わらないような
格好で、髪を乾かすのにもドライヤを使わない。霧香は心配でこまめに部屋の温度に
気を配り、温かい飲み物を用意する。ミレイユはそんな霧香の心を知ってか知らずか、
あんたの淹れたお茶は色が綺麗ね、などと軽く言って霧香を喜ばせた。
色なんて、見えているのだろうか。
月明かりを浮かべたミレイユのカップを覗き込もうと顔を近づけると、まだ少し湿っ
たままの彼女の蜂蜜色の髪からは、ほのかに甘い香りがした。不思議そうに霧香を見
上げる蒼い瞳を間近に見てしまい、霧香は慌てて目を逸らした。
「どうしたのよ、今日は変ね?」
笑いを含んだ声で言って、ミレイユはカップに口を付けた。
その伏せられた長い睫から顎や首筋を何とはなしに目で辿り、影と月光と薄い布が
包む身体のラインを眺めてぼんやりと霧香は思う。
とても綺麗。
綺麗なミレイユ。
優しいミレイユ。
大好きな。
「・・・ミレイユ」
「なあに?」
「ミレイユ、歌、上手いね」
「え?聞こえてた?」
「うん。いい声だね。ちょっと、びっくりした」
ミレイユは小さく笑って紅茶を飲んだ。
年齢よりも、ずっと大人の微笑。
霧香は、彼女が時々見せるその微笑が悲しかった。つい、言ってはいけないことを
言いそうになってしまう。
本当は考えて当たり前のことなのに、考えたくないこと。
日頃胸の中で形を成さずに沈んでいた思い。
「・・・ミレイユはきっといろんなことを知ってる。
 知っていて見ないふりをしていることがたくさんある。
 ミレイユは綺麗だし、頭が良いし、そう、初めて知った。歌だって上手い。
 きっと私が知らないだけでミレイユはいろんなことが出来る。もし・・・」
「霧香」
ミレイユは霧香をまっすぐ見て、咎めるように名を呼んだ。
霧香は言葉を飲み、俯いた。
「・・・ごめん、ミレイユ」
私たちは、他に何も出来ない。
この罪を手放すことは許されない。
わかっていたはずなのに。
顔を上げると、ミレイユの瞳は憂いを隠せずに揺れていた。
悲しい顔をさせてしまったことが辛かった。
「ごめんね、ミレイユ」
「わたしは」
「え?」
「わたしは、たとえ仕組まれていたとしても、自分で選んだ。
 自分で戻れない道を選んだと思っているわ。
 だけど、あんたは・・・」
霧香を見る。
「あんたには最初から何ひとつ選べるものがなかった。」
「・・・・・・」
「子供を、人をそういうふうにしてしまうものが、許せない。
 そんなの運命なんて言わせない。そんなものと戦うために
 手を汚していると思っている。」
「ミレイユ」
「だから、わたしには違う道なんてない」
霧香はミレイユに抱きついた。
背中に腕を回して頬を肩に押しつける。
叱られるかと思って少し緊張している霧香の身体を、ミレイユはそっと抱き締めてく
れた。
霧香の行動が少し意外だったのだろう、ややためらいがちに包む手がそれでも
優しくゆっくりと背中を撫でる。
薄い生地越しの身体の温かさと、柔らかい髪の香りに全身がほどけていく。
こんなに優しい人が、殺人を生業にしている。していかなければならない。
それが運命だというなら、自分も抗いたいと思った。
「でも私、ミレイユを、選んだもの」
思ったままにそう言うと、パートナーは驚いて身体を離した。
「・・・え、おかしい?」
何とか笑いを堪えているミレイユを不思議そうに見上げる。
喉の奥で小さく笑いながら、金髪の美しい人はやさしく霧香の頭を抱いた。
「あんた思ったことそのまま言うでしょ。人の話聞いてない
 みたいに聞こえるわよ」
「そう・・・かな。ごめんなさい。」
「・・・ありがと、霧香。」
霧香はしかし、ああ、やっぱりいい声だ、と思う。
耳元で名前を呼ばれると陶然としてしまうほどに。
霧香はミレイユの肩越しに月を眺めた。光はいつもと変わらず静かで、
けれど今は全てを包み込むように柔らかく照らしているように見えた。

 

 



Tea For Twoのコンバット武士沢さんが私の今年の誕生日に下さったSS。
なんかそのまま普通にアップするのはせっかくの素敵なSSなのに味気ないと
思い「挿絵を描いてからアップします!」と意気込んで早や半年・・。
で、描いたのがこの挿絵なので、今は「挿絵無かった方がよかったかなぁ」
と悩んでいます。かえって素敵なSSを邪魔しているような挿絵で申し訳ない
ですが、描いてみたので使っています。

わたしは武士沢さんちのミレイユさんが大好きです。照れ屋で、勝気で
本当は繊細なくせに、それを意地でも出そうとしない。大人びている
し、自分でも大人っぽく振舞っていますが、きっと霧香よりも気持ちは
幼い女の子・・そういうのがミレイユの可愛い女の子の部分だと思う
んです。武士沢さんの描かれるミレイユには、そういう可愛いエッセンスが
いい塩梅に出ていてとても魅力的なのです。
見た目や、環境や、状況で「甘えられないんだ」という枷を自分で嵌めてしまう
ことは良くあります。ミレイユはその最たるもので、霧香を守らなきゃいけない
から、弱さは出せない。見た目が大人びているから、甘えられない。
幼い妹や弟の居る、お姉さんみたいですよね(笑)
そんな姉妹のような関係のふたりを見るのがとても好きです。
お互い出会うまではひとりぼっちだったので、それまでの孤独の記憶を
塗りつぶすくらいにラブラ・・いえ、仲良く幸せに暮らしてほしいなぁと
思います。

武士沢さん、誕生日(今年の3月)に頂いたのに、アップが今頃になりまして
申し訳ありません。本当にありがとうございました!私、幸せです・・(涙)

 

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