無機質な灰色の壁に覆われた通路をひたすらに走り抜ける。 前方5メートル先に人影。 視界を遮るそれにコルトの照準を合わせ引き金を引く。 ギィンという金属音に耳が覆われた直後、 一発目の弾丸が前方に立つものを捉え、2発目は壁に弾痕を残す。 鼻先にかすかな硝煙の匂いが漂い、次いで血生臭さが充満していく。 広がっていく血溜まりの中心にあるのは、かつて人だったもの。 もはや名を呼ばれないもの、あたしの姿だったかもしれないもの。 その脇をすり抜け、出口を目指す。 たどり着いた建物裏の駐車場でベレッタの発砲音が響いている。 小柄な後姿の向こう側、所々変色した地面の上に黒い影が散らばっている。 手に握られた小振りな銃が、所在無げな姿で銃口を下に向けていた。 −C'est
tous les jours une etreinte a.− 「・・・・・・レイユ、ミレイユ」 名前を呼ぶ声に顔を上げると、霧香が少し首を傾げてこちらを見ていた。 「コーヒー淹れたんだけど・・・・・・」 「ああ、ありがと」
手をマウスから離して、受け取ったカップの中身を一口啜った。 椅子に座ったまま背伸びをして窓の外を見ると、雨上がりの青空が広がっている。 「うーん、今日はいい天気ね。ねえ、きり・・・・・・」 「・・・・・・ごめんなさい」 何いきなり謝ってるのよ、あんた。そう声を掛けようして横を見ると、 カップとパーコレーターを両手に持った霧香がうつむいていた。 「火にかけ過ぎちゃった。このコーヒー、苦い・・・・・・」 「確かに少し苦いけど、飲めないほどじゃないわよ。 ああもう!そんな小さいことで落ち込まないの!」 霧香の肩に手を載せ、話を続ける。 「この苦さのおかげでいいこと思い付いたわよ」 ウィンクのおまけを砂糖の代わりに付け加えて。 アパルトマンを出て歩き出す。あたしの後ろを歩く霧香が口を開いた。 「どうしてカフェでお昼、なの?」 「何かご不満でも?」 「そうじゃないわ。でも・・・・・・」 わたし、失敗したばかりだし、いいのかなって・・・・・・ 続ける声に振り返り、霧香の手を取った。 あ、やっぱりびっくりしてるわね。まあ、予想通りだけど。 「折角の青空だもの。その下で食べる方が粋ってものでしょう?」 あたしの言葉に、霧香はほっとした表情で頷いた。 軽く深呼吸した後、あたしは霧香の手を握ったまま走り出した。 石畳の道の上にふたつの足音が響く。 かくん、と軽い手ごたえがした後で小走りになった足音が 調子はずれのテンポであたしに続く。 すれ違う人が何事かという顔をしてあたし達を覗き見てゆくけれど、 そんな些細なことは、今日は気にしない。 NOIRという名がもたらした目まぐるしい日々。 その全てが無かったかのような平凡な日常の中で、 あたしは霧香の手を握っている。 いつの日か、あたし達は再びこの手に銃を握るだろう。 その日が来てもこの日常は消えないと信じているから、 あたしはこの手を決して離さない。 曲がり角を抜け少し息切れした頃、 行き付けのカフェの看板が目に飛び込んでくる。 右隣に並んだ霧香が、ふわりと笑った。 <Written By Mutsuさま>
Mutsuさんが「ちょっと早めのクリスマスプレゼント♪」と書き下ろして 下さったSSです。 Mutsuさんは短詩を得意とされている作家さんで、短い中に様々な想いを 語るのがとても上手く、特に「間」とか「余韻」がすごく素敵で、 私の好きな作家さんの1人です。 ノワールも、間や雰囲気の中に色々な想いが溶け込んでいる作品ですので きっとMutsuさんのスタイルに合うだろうなと思っていたら、その通りでした!
Mutsuさんともお話していたのですが、ミレイユと霧香は非情な世界で 生きていたので、何気ない平凡さを私たち以上にとても大事にして いるんだろうなと思います。 ファンとしては、最終回以降はきっと何の問題も無くラブラブで生活〜と つい想像してしまいますが、そう簡単に罪の鎖からは逃れられない。 いつか壊れるかもしれない穏やかな日々、いつか死が断つかもしれない パートナーとの絆、だからこそこの日常が愛しい。 邦題である「日常に抱擁を」の通りに、二人はこれからも生きていくんだろうと そんな納得が出来る、ノワールの「その後」のヒトコマだと思いました。 一次創作の作家さんが、私の為にとわざわざ二次創作で書いてくれたことも とても嬉しかったです。 閉じゆくサイトに掲載するにはホント勿体無い・・・申し訳ないくらいクオリティの 高い作品です。出来るだけ早く皆さんにもお披露目したくてウズウズしていました。 (風邪で寝込んでいて出来なかったと言うオチ) Mutsuさん、本当にどうもありがとうございました! |