キン、と高く澄んだ金属音が、研ぎ澄まされたソプラノ歌手みたいだといつも思う。 そう思うと、女の子らしさとは縁遠い、実用一点張りのシルバーのジッポーが 何故かとても美しいものに見える。 灯した火に、咥えたロゼの先端を近づける。 すーっと呼吸すると、舌に甘いような苦いようなものが広がるのを感じた。 この世界の空気は腐った匂いがして、重く澱んでいる。 肺を満たす煙の方がよっぽど清々しいとさえ思う。 そう思うのは、いつも鉄錆に似た匂いを嗅いでいるからだろうか。
目を閉じる。 下界に広がるネオンの残光が網膜でゆっくりと踊り始める。 こんな時にいつも何かが脳裏を掠めるけれど 心をざわつかせるそれを捕まえることは出来ない。
「ケイ」
繋ぎっぱなしにしている携帯のイヤフォンから あたしの名を呼ぶ声がする。 思考が袋小路に入るといつも見つけ出してくれる人。 誰よりもあたしを必要としてくれる人。
正しいことをしているだなんて、思っていない。 だけど、間違ったことをしているとは、思いたくない。 そうでなきゃ、ナオと過ごした時間を否定する事になるから。
もう一口ロゼを吸う。 先の方が殆ど灰になったそれに、明るい紅が咲いた。 もう終わりに近づきつつある、微かな火。 一本を永遠に吸い続ける事は出来ない。 ある程度の所まで吸えば、冷たいアッシュトレイに押し付けられる。 それが早いか遅いかの違いしかない。 それは、人の命だって同じだ。
「了解」
一言そう答えた。 そして、燃えかすのようなロゼを携帯灰皿にねじ込み 夜の冷えた空気に、煙を大きく吐き出した。
--------------------------------------------------- アサウラ先生著の「バニラ」という小説のヒロインその一、ケイです。 ケイの吸っているタバコがバージニアスリムメンソールロゼなので、同じ銘柄を 吸っている仲間に写真を撮らせてもらい、描いた作品です。 (非常に分かりにくいですが、フィルターの部分がロゼ仕様です) 炎の感じが上手くいかず試行錯誤した記憶があります。 一時期はTOP絵を飾っておりました。 |