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X-day


ちらりほらりと白い雪が窓の外で踊る。
アンティークのドールハウスに似たアパルトマンの最上階から雪の舞うパリの町並みを見下ろした。
町並みは今日の為にきらびやかに飾り立てられ、辺りが暗くなるころから明かりが灯っていた。
輝くようなイルミネーションが空を舞う雪に曇って、ここが現実じゃないような幻想的な世界を作り上げていた。


「霧香」
呼び止められて後ろを振り返ると、エプロン姿のミレイユが立っていた。
「ミレイユ、街がきらきら光ってるよ」
まるで宝石箱みたいだね、と言った私に、彼女は笑みをひとつ零した。
「霧香にも人並みの表現力が備わったわね」
「そう・・かな?」
「ええ、最近の霧香って本当に表情が豊かになったわよ。昔よりずっと・・その・・可愛いわ」
可愛い、の辺りから目線を逸らし始めたミレイユを手助けするように、鍋が吹く音が聞こえた。
「あぁ、いけないいけない。お鍋をほったらかしにしてたわ。
もうすぐ出来るから、テーブルにお皿の用意をしておいてね。」
はいはいちょっと待ってて〜と鍋に言いながら大慌てでキッチンに向かうミレイユの頬がなんとなく赤く見えた。
「・・ミレイユの方が、可愛いと思うけれど・・・」
「何か言った〜?」
空気に溶けたはずの呟きだったのに、ミレイユがキッチンから首だけ覗かせて問いかけてきた。
「えっ、いや・・お皿ってどれ出すのかなって聞いたの」
「ああ、こっちに置いてあるやつを出して。いつものじゃ無くて」
上手くごまかせたみたいで、それ以上ミレイユは何も聞いてこなかった。
はぁい、と返事をして私もキッチンに向った。


今日はいつも食事をとるプールテーブルではなく、いつか月夜のお茶会をしたテーブルに料理が並んだ。
色とりどりの温野菜、鶏料理、おいしそうな香りのするシチュー、この街で一番美味しいパン屋さんのパン。
お祝いだから、と差し出されたグラスをミレイユから受け取る。
綺麗なプラチナ色の泡がグラスの中できらめく。
「メリークリスマス」
カランとふたつのグラスが澄んだ音を立てた。


ミレイユの作った料理はどれもおいしかった。
よく美味しいものを食べると幸せ、と言うけれど、本当にそう思う。
そんな人を幸せにするものを作れるミレイユって凄いねと言うと、ミレイユはやっぱり照れたように
ありがとう、と言って笑った。
あらかた料理が片付いたところで、ミレイユがまたキッチンに向った。
「霧香ー、電気消しといてー」
キッチンから声が響いた。
「真っ暗になっちゃうよー」
「いいのよ、それが目的なんだし」
よく分からないけれど、とりあえず室内の照明を落とした。
一気に闇が訪れる。
外のイルミネーションの輝きでぼんやりと闇が和らぐ。
月明かりに照らされた、いつかの懐かしいお茶会の記憶が甦る。
あのときは3人だったけれど・・。
「おまたせー」
たくさんの揺らめく炎を伴って、ミレイユがキッチンから出てきた。
「ミレイユ、これ・・」
「ケーキよ」
さらっと言ってミレイユがテーブルの真ん中にケーキを置いた。
「さ、はやく吹き消して」
「クリスマスケーキのろうそくって吹き消すものだったの?」
「いいから。消したら分かるわよ」
あんまり急かすので、仕方無しに思い切り息を吸い込んで、吹き消した。


揺らめいていたろうそくの炎は、突然の突風にかき消される。
そして私の疑問も、パチパチパチと軽快な拍手でかき消された。


「18歳おめでとう、霧香」
「え・・?」
「メリークリスマスとハッピーバースデー」
・・・私の、誕生日?
「でも・・私・・」
記憶がないのに、と言いかけて遮られた。
「ねぇ、霧香。クリスマスってね、1年の間にみんなが待ち望む日なの。
みんなの願い事が叶う、素晴らしい日。
神様はあたしに一番欲しかったものを与えてくださったわ。
だからこれはあたしが感謝をする日でもあるのよ」
ほの暗い室内では、ミレイユの形がおぼろげで、今目の前のミレイユが言っている事
今自分がここにいること、それらが全て幻想なんじゃないかと思った。
だって、私にはこんな暖かい現実は許されないから。
自分にとっては屠るべき敵であっても、その敵も誰かを愛し、また誰かに愛されている。
誰一人殺していい人間も、殺されていい人間もいないのに。
そんな誰かの幸せな日常を奪って自分が生きているなんて、考えた事も無かった。
やっと気付いた後悔の陰で、ずっと愛される事必要とされる事を望んでいた自分。


「生まれてきて、そしてあたしを見つけてくれてありがとう。霧香」


一番欲しかった言葉、ぬくもり。
罪深いと分かっていても、すがらずにはいられなくなる。


「ミレイユ。これは夢?」
「夢じゃないわ」
「だって・・だって私、たくさん人を傷つけてきたのに。
神様だって優しくできないくらいに罪を重ねて・・」
ミレイユがゆっくり首をふった。
「それはあたしも同じ。今までの罪を償わなきゃいけないわ。
だからといって、ひとりぼっちで頑張るのは辛いでしょう?
だからこそ神様は、あたしに新しい家族をくださったの。
ふたりで頑張って早く罪を償いなさいって。
いつか神様の御許へ赴くときに、胸を張って罪を償った事を報告できるように」


涙がこぼれた。
次々と溢れて、止まらなかった。
頬を伝っては流れ落ちる涙の暖かさを現実だと信じたい。
夢ではないんだと信じたい。


「ああーもう泣かないの!あっ!ケーキに涙を落としちゃダメ!」
大慌てでケーキを避難させたミレイユは「あんたってホントにすぐ泣く・・」と呆れたように
ナイフでケーキを切り分けていた。
私は目をこすって涙を拭いながら、薄闇で危なっかしそうにケーキを切っているミレイユに言った。
「灯り、つけようか?」
「ダメ!」
鋭く言い切ったミレイユがなんでこんなに薄闇にこだわるのか分からなかった。
私としては、指でも切られたらそっちの方が困る。
「ミレイユ・・でも危な・・」
「できた!」
薄闇のなかで並べたお皿にケーキを取り分けていくミレイユ。
お皿に分けられたケーキが3つ。
私たちは2人。
「ねぇ、ミレイユ。ひとつ多くない?」
「完璧なくらいにぴったりよ?」
「でもミレイユと私で2人・・」
「いえ、今から3人に増えたのよ」
そう言ってミレイユは椅子をもうひとつ用意して、新しく作った席にケーキを置いた。
「覚えてるでしょ?マッドティーパーティ」
「ミレイユ・・!」
「まぁ何と言うか、色々と腹の立つ子だったけど、クロエはあんたの友達だから。
きっと一番に誕生日のお祝いに来てくれると思うのよ。だから今日ぐらいはご招待しようかなと思って」


予想もしていなかった。
ミレイユの深い優しさが改めて胸を打った。
感謝と嬉しさと愛しさとか、色々な気持ちが溢れて、思わずミレイユに抱きついた。


「あらあら・・」
困ったようにため息をつきながら、それでも緩く抱き返してくれた。
そのままの体勢で、ずっと嗚咽で声にならなかった感謝を述べる。
「ありがとう・・ミレイユ・・私・・私・・・」
「どういたしまして。それより泣くのはいいけど服に鼻水はつけないでよ・・」
「うん・・」
もう遅いかも、と思ったけれど、一応返事を返す。
そしてそのまま強く抱き締めた。
ビクッとして一瞬はなれた両手が、またゆっくりと背中を撫でてくれる。
顔はそっぽを向いたまま。
顔色は見えないけれど、また照れているんだろうな、と思った。
若しかして薄闇にこだわった理由は、案外ここにあったのかも知れない。
そんな事を聞いたら頭をはたかれるだろうから聞けないけれど。


ふと窓に目をやる。
人工の灯りに支配された街の遠く高い空に、ひとすじの光が見えた。


――― クロエ、来てくれたんだね。


心の中の呟きに反応して、流れ星は落ちる瞬間、一層強く瞬いた。
私は願いをかける。


ずっとミレイユと一緒にいられますように。
クロエといつか会えますように。

 

 


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あとがき

クリスマスに間に合うようにと書いていたのですが、途中からぱたっと書けなくなってしまって
間に合わないので公開はできんなぁ、まあ私仏教徒だし!とみえみえの言い訳付きでお蔵入りに
なる予定でしたが、何故か続きを思いついて書けたので公開(笑)
書きなぐりなので色々おかしなところはあるのですが、こういう時期の物って早くしないと
ネタがカブりやすいので早めの公開見直し無し(せめて見直してください)

タイトルのX-dayは、あからさまにクリスマスにちなんだ名前は嫌で、かといって全くふまえて
いないのも嫌だし・・と思って考え付きました。こう、なんだか怪しげな感じのって好きで(笑)

ふたりがお祝いをしているのが12/24なのか12/25なのかは敢えて書きませんでした。
でも流れからいくと12/24ですね・・。ナタルと一緒だ。声優つながり?いやいやいやいや〜。

話の中で出てくるワイン(ワインと描写はしていませんが)は「アスティ スプマンテ」という
北イタリア産スパークリングワインです。マスカットから作られた甘口のワイン。
値段も安くて美味しくて、お酒が苦手な方でも抵抗なく飲めると思います。
とりあえず某ボジョレーよりは美味しいと思うので、周囲に勧めまくっています(笑)
うちではシャンパン代わりに利用しています。安いし(そこか)

最後に、クリスマスが皆さんにとって有意義な一日になりますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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